2002年9月、ヨーロッパ4ヶ国の旅の途中、ウィーンで偶然 エスペラント博物館の案内板を見つけ訪れた。
王宮の5階にあるという札を見て、149段の階段を上がると、こじんまりした看板がかかっていた。
中には、エスペラントの歴史が一目で分かる品々が展示されており、ザメンホフ博士の伝記のビデオが自由に見られるように席が設けられていた。
ガラス・ケースの中には、ザメンホフの「第一書」(下の写真)、全大会記念バッジ、歴代のエスペラント大会開催ポスター、図書類などが相当数並べられていた。
国連代表として世界大会に参加、エスペラントを支持した新渡戸稲造の肖像の入った 5000円札や、宮本正男の著作もあった。
この博物館内で、中国人エスぺランチスト「王 希庚」氏と出会い、北京での世界大会にどうぞ、と誘われた。
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エスペラント博物館の案内板 | 拡大写真。Esperantoの文字が読める。 |
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ザメンホフの「第一書」 | ザメンホフの「第一書」。拡大 |
オランダのハーグで、文通相手である、私の発行するエスペラント点字雑誌”La Fratoj"の第一号読者と会った。ハーグの駅で待ちわびる私達の前に、白い杖を持ち、盲導犬を連れた夫妻の姿が現れた時の感動は生涯忘れられないだろう。
「サルートン、 ミ・エスタス・ユキコ、ヤパニーノ。」
「ホー、ユキコ!」
と肩を抱き合った。
参考までに、1998年以来、私が編集・発行している エスペラント点字雑誌 ”La Fratoj” の最新号(第35号 2003年9月発行)の表紙と、その通常活字変換版表紙の写真を下に示しておく。自宅に招かれ、長時間 話をしたが、話に夢中になり、写真のことを忘れていた。
そのため、この感動の出会いを報告できる写真がまったくない。参考までに、1998年以来、私が編集・発行している エスペラント点字雑誌 ”La Fratoj” の最新号(第35号 2003年9月発行)の表紙と、その通常活字変換版表紙の写真を下に示しておく。
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最新号(第35号 2003年9月発行)の表紙 | 通常活字変換版表紙 |
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愛用のパソコン・システムと点字プリンター(右側) | 読者から届いた手紙のファイル。 1ファイルに40通づつ収納されている。 |
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本棚の上部に並べられている分厚いファイル列は全て読者から届いた手紙のファイルである。 | スライド式本箱の後側の棚にもほぼ全面に読者からの手紙のファイルが収納されている。現在までに届いた読者からの手紙の総数は既に 1,100通を超えている。 |
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